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ボトムアップでホワイト企業に?!

最終更新日時:2026年7月8日


前回→コチラ
~ブラック企業との付き合い方~


■前置き

昨今、大手複数の音楽教室の体験レッスンで、講師に支払う報酬を通常より低く設定するなどとして、公正取引委員会はフリーランス取引適正化法違反を認定し、再発防止勧告を該当する企業に出すという出来事がありました。

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・日テレNEWSYOUTUBE)→コチラ

先日投稿した「ブラック企業との付き合い方」でも取り上げましたが、独立前に所属していたスイミングスクールにおいても無給労働は当然のようにありました。私はそれを逆手にとりながら上手く付き合っていた部分もありましたが、上司に持ちかけ労働条件を改善することもしました。

■アルバイトコーチの実情(当時)

この話は15年以上前の出来事ですので、今となっては改善されている部分もあると思います。それを前提にご覧いただきたいのですが、当時の勤務先のコーチ達は…

〇レッスン準備・あと片付け(115分程)
〇認定書づくり(月2時間程)
〇保護者対応(月1時間程度)

…など、レッスン以外の労働に関しては無給で行っていました。人によっては週3回勤務で毎月5時間程の無給労働の実態がありました。

それでも被雇用者だった私が主宰するコーチ勉強会(※)に参加していただくなど、実直な先生が沢山いました。ただ、そのような集会になると、どうしても労働条件に関する不満暴露大会が勃発します。本当は水泳指導に関する熱い話を交わしたいのですが、キレイごとばかり言っていられない労働環境がありました。
(※)無給で有志のみ参加

■ボトムアップで無給を有給に①
~タバコを引き合いに~

あるとき、事業所の責任者から指令が下ります。

「夏季短期教室参加の保護者全員に電話を掛けなさい」

保護者向けの電話ではレッスン中の生徒の様子などをお伝えするのですが、担当する生徒が50人いれば、およそ15分の電話で4時間以上の労働時間が必要になります。ええ…当然無給です。

ある時、上述の責任者がタバコを吸いにバルコニーに出たのを目撃します。もちろん、休憩時間中ではなく勤務中の喫煙行為です。

当時の千葉君は『ここぞ!』とばかりに、バルコニーへ突撃します。

『電話営業をする旨を先輩から聞きましたよ。しかし、貴方は給料発生時間中にタバコを吸っています。その一方で、部下に数時間の無給労働をさせています。いいですよ。無給で働きますよ。えぇ、しっかりとやりますよ。手を抜くことなく。・・・ただなぁ、裏でアンタの悪口をメッチャクッチャ言ってやるからな!』

音楽用語のクレッシェンドの口調で言い放ちました。すると責任者は大きく1吸いしてからこう言います。

「ち、千葉君、わ、わかった。な…なんぼ欲しいんじゃ?(※)」
(※)なんぼ…関西弁で“いくら(労働賃金)”




この出来事をキッカケに、電話営業は有給労働となりました。ちなみに、上述の責任者は一部のスタッフからはパワハラ的だとの評判がありましたが、私のような部下の意見を通してくれる“聞く耳”のある上司でした。実際に、水泳プリント100枚以上作成した私の活動をみて、アルバイトながらボーナスを支給していただきました。

■ボトムアップで無給を有給に②
~プロを引き合いに~

またある日、本社から部長と副部長が来られアルバイト研修を行っていただく機会がありました。もちろん、研修参加も無給です。研修中に副部長が放った一言に私は溜め込んだナニカが爆発します。

「あんたたち、プロでしょ。プロならプロらしい仕事を…」

オレら、無給でオマエの話を聞いたってんねん!

何とか研修中は怒りをこらえ、その後に絶好のタイミングが訪れます。何と、部長,副部長,課長(事業所の責任者)の3者でミーティングをしているのです。

オレが信長じゃったら、今川軍は桶狭間にあり!

敦盛を舞った後、単騎で3人に突撃します。

『(研修中の言葉を引用して)副部長、私はプロです。労働を行い、その対価を得て生業としています。ただ、今回の研修は無給で行われたものです。私はプロですので、無給で行われた研修は一切無かったことにしますね。もし、研修内容を現場の仕事に反映させたければ給料を払ってください。貴方も経営のプロならそれ位のことはしてくださいよ。』




今度はアッチェレランドの口調で言い放ちました。
この出来事をキッカケに、研修参加は有給となりました。

数年後、この企業は某一般社団法人よりホワイト企業認定されることになります。アルバイトの声を拾い上げ、ボトムアップで無給労働を有給に変える事ができました。

後に、仕事用の水着が支給されるなど、労働環境は徐々に良い方向へ向かっていきました。ただし、上述の出来事が遠因となっているのか、私は上司の“みなし認定”を指摘した事をキッカケに担当していた複数のクラスを外されることになります(→コチラ)。

■さいごに

上述のような複数の交渉が上手くいったのは、上司自身に誠実さや道徳心のカケラがあったからだと感じました(だいぶ生意気なことを言っていますが…)。案外多くの人間は「自分を棚に上げて他人に無理難題を押し付けてはいけない」という心理が働いているのだと思います。

当時は、無給労働への不満もそれなりにありましたが、それ以上にバタフライの遠泳に挑戦したり、水泳プリントをたくさん作ったり、日本泳法の練習に夢中になったり…アルバイト先のスイミングスクールが無償で施設を提供していただいた御蔭で今日の私が存在しています。ありがとうございます。

 


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教室名:水泳の個人レッスン・グループレッスン 京都・滋賀

講師:千葉隆礼(ちばたかなり)

“けびょう”のキミへ

最終更新日時:2026年6月19日


ぼくの こどもころの はなしです

スイミングが イヤでイヤで しかたありませんでした

プールがこわい コーチがこわい

ぼくは おかあさんに うそをつきます

あたまがいたい おなかがいたい ねつがあるかも

これはウソのびょうき つまり“けびょう”です

そんなとき おかあさんは ぼくにいいます

「アンパンあるよ」

ぼくは それをたべると “けびょう”は なおります

キミは なにをたべると げんきになるかな?

 


■参考記事

いやっていうけど(幼児向け歌)→コチラ
*イヤイヤ期の貴方へ贈る歌


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講師:千葉隆礼(ちばたかなり)

ブラック企業との付き合い方

最終更新日時:2026年6月7日


■前置き

音楽界隈で、フリーの講師に無償労働で体験レッスンさせたとして公正取引委員会が動くという出来事があったそうな…

日テレYOUTUBEニュース動画→コチラ


■無償労働の光と影
~ラクトスポーツプラザのコーチ期~

15年程前の話だが…私はラクトスポーツプラザという公共施設でアルバイトをしていた。時給は1,000円程度なのに、準備,後片付け,認定証作り,保護者対応,夏季教室の営業,研修,水着の自己負担など、レッスン以外のありとあらゆる業務は無償労働だった。しかし、それを逆手にとって100枚以上の水泳プリントを勝手に自作・配布したり、講師勉強会を開催したり、保護者への電話かけを度々行って関係を築くなど、無償でやりたい放題していた。

ある時、無償労働の反抗心もあり

「ラクトの水泳教室に入会してね。今ならタダで水着が貰えるよ。お金が無いなら、パパママ、お仕事頑張ってー。僕たちのためにね★」

※デモテープ音源→コチラ

…と、今では考えられないほどの若くてフザケた歌をつくり、夏季短の終了式でギターを弾きながら保護者の前で練り歩くということをしていた。すると、物陰から部長(エリアマネージャー的な人)が覗いていて、本気で怒られそうな予感がした。
*あたたかい反応も助けになって、部長には褒めていただきました。当時の保護者の皆様,子供達、ありがとうございます。

もちろん、無償労働を良いことに、プールやシャワーは遠慮なく使いたい放題。独立する少し前は開館前の誰もいないプールで腰にヘルパーを10個くらい装着し、立ち泳ぎしながらカラーボール3つでジャグリングする練習(レッスンで披露するため)をしていたら見回りに来た警備員からはドン引きされた。

「お、お兄さん、ラクトスポーツプラザの関係者ですか?!」

『うん、そだよ』




■あとがき

出来高に応じた報酬・手当などは無かったが、水泳と音楽を楽しんでやっていた。“ラクトスポーツプラザに入会してねー”のデモテープを聞いてもらって、これにGOサインを出してくれた直属の上司には今でも感謝しかない(同施設は現在閉業)。
*日本泳法やバタフライの練習もさせていただきました。大変感謝しております。おかげさまで、資格取得やバタフライ6時間遠泳を達成できました。

上述の音楽教室の事業者は無償で労働させるかわりに、指導者や音楽家が何かを表現する場や自己研鑽を行う場を無料で提供すれば、このような事態には発展しなかったかもしれない。私みたいに労働賃金以外の“何か”で雇用者・被雇用者の関係を築けるケースもある。

つづく


■補足資料

〇当時、ラクトスポーツプラザの非公式CMも制作→コチラ

〇ラクトスポーツプラザの跡地活用について→京都市HP

〇資料:実際に作成した水泳プリント↓
10年以上前のものなので、内容については話半分で見てください。)

水泳の個人レッスン バタ足プリント

クイックターンのドリル練習

ドリルプリントの目次

 


〇つづき→コチラ
~ボトムアップでホワイト企業に!?~


■参考記事

いやっていうけど(幼児向け歌)→コチラ
*実はこの歌もラクトスポーツプラザで初披露しました。


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講師:千葉隆礼(ちばたかなり)

あそこのミカンの皮

最終更新日時:2026年5月28日

この投稿は「あそこのミカン」をご覧になってから読んでください。

_______

前回のまとめと前置き

・学校を抜け出し、石でミカンを落とそうとする小学期の千葉

・ミカンを採ってくれた先生は隣のクラスの担任

・ミカンを食べた場所は図工室(牛乳パックや食品トレイなどの材料を保管する部屋)

_________

先生の機転

おいしいミカンをいただいた千葉君は穏やかな表情で無事に教室に戻ることができました。

その日の休み時間、クラスメイトが担任の先生に報告します。

「図工室で誰かがミカンを食べた跡がある。ゴミ箱にミカンの皮が捨ててある。」

担任の先生は一瞬黙った後

「んー、ほな、後で見とくわー。それでなー、あの話やけど・・・」

と言って、話題を別のものにすり替えました。その後、誰もミカンの皮を気にする友達はいませんでした。

この時の担任の先生の機転が印象的で、今でも忘れる事ができません。

・・・・・・

千葉君が抜け出した
しばらくして隣の担任が廊下を歩いてどこかに
千葉を探しにいった?
隣の担任と時間差で千葉君が帰ってきた
千葉君は図工室に寄り道?
ミカンは千葉君が食べた…?
ミカンの犯人探しをする
千葉が癇癪をおこすかも?

・・・・・・

たぶん、これを一瞬で想像して何事もなかったかのように話題すり替えたのです。

この時に犯人探しをしていたら、せっかく穏やかな表情で教室に戻った千葉君は癇癪をおこし怒り狂ったことでしょう。

なぜなら、千葉君にとっては、ミカンを採ってもらったことがキラキラした素敵な思い出になっていますから…それを汚されたくないのです。

せっかく、先生がリスク(*)を犯してミカンを採ってくれたのに~(# Д)
(*)隣の住民からお叱りを受けるかもしれないというリスク。実際には寛大にお許しいただけた。

こうなることを察知して話題を切り替えた担任の先生…恐ろしいまでのカンと機転の利きようです。

実は当時の担任の先生は、様々な問題を抱える千葉君が唯一心を許したと言っても過言ではないほど、大変お世話になった先生です。裏で“女神”と呼ぶほどでした。

千葉君は、今となっては水泳を教える立場となりました。このミカンの体験をヒントにそこら辺の石を拾うことにつながります。

おわり

 


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講師:千葉隆礼(ちばたかなり)

あそこのミカン

最終更新日時:2026年5月14日

前置き

5月6日投稿の『そこら辺の石』でお話しましたが、行き渋る子供に石を拾って気持ちが前向きになった“働きかけ”というのは、実は元ネタとなる体験があります。その体験を基に機転を利かせることができました。今回はその体験についてお話したいと思います。

私は小学生の頃、突発的に暴れまわる“瞬間湯沸かし器的な”子供でした。ここには書ききれませんが、簡単に言えば愛着形成不全や習い事が多すぎてキャパオーバーな子供だったと思います。想像を絶するほど、たくさんの人に迷惑をかけてきました。

学校を抜け出す

そんな僕が小学生のころ、授業を抜け出して学校敷地外の畑に行き、時間を潰していました。ふと、隣の民家からコチラに伸びている木の枝が気になりました。その枝にはミカンが1つ実っていて、衝動的に石を投げて落とそうとします。ですが、なかなかミカンに当たりません。

しばらくして、学校から隣のクラスの先生がやってきました。よく見ると手には鉄パイプを握りしめています。

『(これは…殴られるやつやわ…。)』

僕は奥歯を噛んで覚悟を決めた。

「千葉君、後ろに下がりなさい。」

先生は助走をつけて高くジャンプした。

バレーのスパイクのようなフォームで強く殴り、ミカン汁がブシャー…ゴロゴロゴロ…ミカンは転げ落ちた。

「それ、食べぇ」

その後、僕は使われていない教室に行き、コソコソと食べた。

先生の思惑

えぇ…もちろん、ミカンをゲットできて、めでたしめでたし…というエピソードではありません。先生の思惑としては安全の確保です。反抗的で言うことを聞かない生徒を、校舎の中に入れて目の届く場所に居てもらいたい。校外に出てしまうと安全の確保が難しくなりますからね。

前述にもありますが、小学生時代の私は、普通に注意されるだけでも突発的に怒り狂い暴れだすおそれのある子供でした。そのような千葉が暴れることなく、穏やかに教室に戻る。先生の目的は達成されたわけです。

懐深く子供の衝動的なこだわりに合わせる。時として、“大人の世界”の決まり事を乗り越えて、子供の世界に合わせる必要があるのです。この貴重な体験があったからこそ『そこら辺の石』につながるわけです。

学校と近隣住民

おいしいミカンを食べた数時間後、例の先生が再びやってきました。

「あ、千葉君、ミカンの家の人には謝っといたし。」

僕は寛大すぎる近隣住民様にも育てられました。きっと、これまでに学校が近隣住民との関係を築き上げてきたから許していただけた…という背景もあるのかもしれません。

この体験が、そこら辺の石を拾い1000m遠泳を達成することに繋がります。

ありがとうございます。

つづき→コチラ


■参考記事

大人になってもサンタさんからミカンをもらう方法→コチラ


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講師:千葉隆礼(ちばたかなり)