私は今の教室を立ち上げる前にスイミングスクールのアルバイト講師をしていた。
アルバイト講師をやるにつれて、スイミングスクールは先生と保護者の距離が遠いと感じていた。学校とは違い観覧席から様子を見ることが出来るのに、講師と話すことはほとんどない。そういう事に違和感を感じ、アルバイト講師後半には担当する全ての保護者に電話掛けを行い、日頃の生徒達の様子を話す機会を設けるようにしていた。
保護者への電話は2.3か月に一度の頻度で行い、子供の水泳の状況の他にもう一つ水泳以外の話しをするように努めた。自主的に行っているとはいえ、元々コミュ障だった私にとっては水泳以外の話題を探すのには苦労した。
ある時、かなり非力な幼児A(バタ足クラス)を担当したことがあった。そのパワーの無さからバタ足が全く進まず、最低限の筋力や体力をつける必要があると感じた私は、体をたくさん動かす練習メニューを継続することにした。
来る日も来る日もバタ足バタ足…そんなレッスンが続いたある日、幼児Aはバタ足をしながら私を睨むようになった。
最初は何かの見間違いかなと思ったが、Aの泳ぐ順番になるとやっぱり私に鋭い眼光を向けてくる。こんな小さな子が大人を睨むことがあるのかな?何か訴えているに違いないと感じた私はAに探りを入れてみた。
『Aちゃん~。何かあったの~。トイレかな~?』
そう言うとAはキッ!と私を睨み、鋭い口調でこう言った。
「保育園で疲れているのに、千葉コーチはバタ足しろ!バタバタ!って…こっちは疲れてんだからさ!!」
当時の私は大きな勘違いをしていた。子供は疲れ知らずだと勝手に思い込んでいた。まさか幼児に「保育園のソレ以上に疲れさせるな!」とハッキリ言われるなんて予想だにしなかった。
その後、私はAと関係を深めるために会話を持つように心がけた。元々コミュ障だった私は気の利いた話など出来やしない。王道の「好きな食べ物」の話題を振ってみた。
『ねぇねぇ、Aちゃん。何の食べ物が好きなの?』
するとAはこう言った。
「おじいちゃん家の柿!」
『へぇ~そうなんだ。柿かぁ~。干したりしても美味しいよね。僕も干し柿は好きだな~。』
そう言うとAはキッ!と私を睨み、鋭い口調でこう言った。
「私が好きなのは柿じゃないよ!おじいちゃん家の柿だよ!」
彼女曰くスーパーの柿なんかより、おじいちゃん家で採れた柿の方が断然美味しいとのこと。
すぐさまこの日の話を保護者に電話で伝えた。電話口で笑っていただいたのを今でも覚えている。Aのおかげで保護者との電話が上手くいった気がした。その後、Aのバタ足25m合格を見届けて、私は同施設のアルバイトを離れることになる。
千葉