最終更新日時:2026年5月14日
前置き
5月6日投稿の『そこら辺の石』でお話しましたが、行き渋る子供に石を拾って気持ちが前向きになった“働きかけ”というのは、実は元ネタとなる体験があります。その体験を基に機転を利かせることができました。今回はその体験についてお話したいと思います。
私は小学生の頃、突発的に暴れまわる“瞬間湯沸かし器的な”子供でした。ここには書ききれませんが、簡単に言えば愛着形成不全や習い事が多すぎてキャパオーバーな子供だったと思います。想像を絶するほど、たくさんの人に迷惑をかけてきました。
学校を抜け出す
そんな僕が小学生のころ、授業を抜け出して学校敷地外の畑に行き、時間を潰していました。ふと、隣の民家からコチラに伸びている木の枝が気になりました。その枝にはミカンが1つ実っていて、衝動的に石を投げて落とそうとします。ですが、なかなかミカンに当たりません。
しばらくして、学校から隣のクラスの先生がやってきました。よく見ると手には鉄パイプを握りしめています。
『(これは…殴られるやつやわ…。)』
僕は奥歯を噛んで覚悟を決めた。
「千葉君、後ろに下がりなさい。」
先生は助走をつけて高くジャンプした。
バレーのスパイクのようなフォームで強く殴り、ミカン汁がブシャー…ゴロゴロゴロ…ミカンは転げ落ちた。
「それ、食べぇ」
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その後、僕は使われていない教室に行き、コソコソと食べた。
先生の思惑
えぇ…もちろん、ミカンをゲットできて、めでたしめでたし…というエピソードではありません。先生の思惑としては安全の確保です。反抗的で言うことを聞かない生徒を、校舎の中に入れて目の届く場所に居てもらいたい。校外に出てしまうと安全の確保が難しくなりますからね。
前述にもありますが、小学生時代の私は、普通に注意されるだけでも突発的に怒り狂い暴れだすおそれのある子供でした。そのような千葉が暴れることなく、穏やかに教室に戻る。先生の目的は達成されたわけです。
懐深く子供の衝動的なこだわりに合わせる。時として、“大人の世界”の決まり事を乗り越えて、子供の世界に合わせる必要があるのです。この貴重な体験があったからこそ『そこら辺の石』につながるわけです。
学校と近隣住民
おいしいミカンを食べた数時間後、例の先生が再びやってきました。
「あ、千葉君、ミカンの家の人には謝っといたし。」
僕は寛大すぎる近隣住民様にも育てられました。きっと、これまでに学校が近隣住民との関係を築き上げてきたから許していただけた…という背景もあるのかもしれません。
この体験が、そこら辺の石を拾い1000m遠泳を達成することに繋がります。
ありがとうございます。
つづき→コチラ(近日中投稿予定)
■参考記事
大人になってもサンタさんからミカンをもらう方法→コチラ
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教室名:水泳の個人レッスン・グループレッスン 京都・滋賀
講師:千葉隆礼(ちばたかなり)
